映画史におけるパーソナルフォーカスの貢献と発展
「Personal Focus 2009-2010 in Kyoto」報告



久保 豊

はじめに
   2012年6月23日、24日の2日間、寺町商店街の小さなギャラリー「 Gallery 9」にて、Personal Focus 2009-2010 in Kyotoと称された8ミリフィルム映画祭が開かれた。[1]カタカタカタという映写機の音を聞きながら、8ミリフィルム作品に詰まったそれぞれ3分間の世界を約100名の観客が共有した。福岡のフィルム・メーカーズ・フィールド(FMF)によって1978年より始まり、21回目を迎えたPersonal Focusは、2009年に発表された「フジカシングル8」の国内生産終了をもって、今回で最後の開催となった。フィルム撮影が高額であるこの時代、映画製作にはデジタル媒体が全盛期となっている。8ミリフィルムが過去の製作媒体となる未来は近いであろう。しかし、そんな消えゆく8ミリフィルムを愛する全国の映画製作者から提供された46本の映画が集まり、2年という全国巡回上映を経て、ついに京都へやってきたのだ。

I.手作りの映画館と映写技師
    どんな形をしていようと、映画館へ足を踏み入れる瞬間はウキウキする。それは、スクリーン上に映画が創造する虚構世界だけでなく、それを共有する他の映画観客に出会うのを心待ちにしている表れでもある。写真屋の2階にある「Gallery 9」の階段を上がり、黒いカーテンの向こうには手作りの映画館が広がっていた。約50席のパイプ椅子が並べられた小さな部屋の後方には映写機が1台あり、その前方には白い壁がスクリーンとして広がっていた。会場には、博物館と称された机の上にキャメラ、フィルム、編集機器、スプライサーなどが展示されており、上映前後を通して観客の目を引いていた。観客層は、フィルム映画を愛する人、映画研究者や映画製作を志す学生、そしてフィルム映画や映写機を一度も見た事がない人を含んでいた。映画受容は、年齢や性別、セクシュアリティー、知識、経験といった様々な要素により多様に変化する。けれども、筆者を含んだ観客全員が「8ミリフィルム映画を観たい」という思いを共有していたことは確かである。
    今回の映画祭に提供された46本の8ミリフィルム映画は、4本のリールへ編集され、2人の映写技師のもと、2時間半の長編フィルムとして上映された。主な映写機は1台だけであったため、リール交換ごとに観客には5分?10分間の休憩が与えられた。観客はその間感想を言い合い、リールが交換される様子を眺めていた。8ミリフィルムや他のフィルム媒体が消える時、それらをスクリーンに映す映写技術も廃れてしまう。リールごとにシングル8、スーパー8と使用されるフィルムが異なっており、それらに対応して観客の傍で、映写技師が映写機を操るなど、今映画祭は、熟練された映写技術をもって、8ミリフィルムの映画芸術が成り立っていることを観客に伝える場としても、機能していたのではないだろうか。3分間というそれぞれのフィルム映画の世界は、各映画製作者の情熱が詰まっていた。以下では、今回の映画祭にて上映された作品のうち特筆すべき3作品を紹介させていただく。

II.モーションと受容
     映画におけるモーションを通して、観客はスクリーン上の虚構世界の中に自分の想像力を加えることで、映画製作者が意図しなかった意味を作り出すことができる。1895年から始まった映画史において、モーションは観客を魅了する重要な映画的本質である。フランスのリュミエール兄弟の『赤ちゃんの昼食』(1895)を観た観客は、フレームの中の家族が食事をとる様子よりも、家族の背景にある木々や赤ん坊の涎掛けが風に揺らぐ動きに注目していた。今映画祭でも、映画におけるモーションに着目した作品が見られた。
    近影描写で撮影された岡田彩希子(初投稿)の『輝く夜に』では、(恐らくフィルムの劣化により)赤く染まった3分間のフレームの中で観客は何かのモーションを見る。赤い濃淡に目が慣れてくると、動いているのは人の手であると分かり、その手の細い指が長くて太い筒のようなものを上下し、角度を変えて触れているように見える。その筒の先端に沿って指が這い、筒を軽く持ち上げていくと、筒の先端がそれまでとは違う形を表し、筆者には、その筒の先端が次第に男性器の亀頭に見えてきたのである。視覚を邪魔する赤色のフレームの中、指先のモーションだけが筆者にとって視覚的手がかりとなり、筆者の目にはその筒の形状が勃起した男性器のように映った。そして、「んっ」と男性らしき低い声が聞こえたと同時に、『輝く夜に』は終わる。筆者の目が男性器と捉えたものは全く異なったものであったのかもしれない。筆者の耳が捉えた男性の声らしき音は、同じ会場にいた他の男性客の咳払い、もしくは映写機の音であったのかもしれない。少なくとも、筆者の隣に座っていた男性客には、その物体は男性器には見えていなかったし、声も聞こえていなかったようだ。このように、映画におけるモーションが意図する意味についての観客それぞれの受容は、同じ映画を観ていたとしても異なるのである。

III.ホームムーヴィーに表象される死
     前述の『赤ちゃんの昼食』は、弟ルイ・リュミエールが兄オーギュストと彼の家族を撮った作品であり、映画史初のホームムーヴィーである。しかし、映画史とともに始まったホームムーヴィーは、物語映画の発展の影に隠れてしまった。ホームムーヴィーとは本来、ディズニーランドへの家族旅行、家族の誕生日、そして子供の初めての歩みといった家族の思い出をおさめる映画であり、映画館などの公共の場ではなく、家庭という私的空間で楽しむものと考えられてきた。だが、今映画祭では、このような従来のホームムーヴィー概念とは異なった特筆すべき作品が上映された。
     物語映画を見慣れた観客は、映画の中での死を恐れない。なぜなら、そこに映る死が虚構であると知っているからだ。シネマトレイン代表の映像作家大西健児(初投稿)は、彼のホームムーヴィー作品『夏の残像−僕のおじいちゃん1992夏−』の中で本物の死を見せる。映画の冒頭、入院している大西の祖父が登場する。病院のベッドに横になった祖父の褐色の身体はか細く、身体の唯一のモーションは呼吸で膨らむ胸部だけである。画面が変わると、祖父は亡くなっている。大西は軽量で機動性を備えたスーパー8を携え、遺族や葬儀参列者の間を移動する。そして、キャメラは祖父の身体が拭かれ、棺桶に納められ、霊柩車へと運ばれる様子をとらえる。その後、祖父の身体は火葬されて骨と灰になり、遺族によってそれらは骨壺へと納められる。筆者は、この一連の過程によってまざまざと表象される肉親の死に衝撃を受けた。悲しく、辛い出来事であろう肉親の死を公共空間で提示する今作は、私的空間で楽しむものという従来のホームムーヴィー概念には沿わないという点で奇抜といえる。
    また、公共の場でのホームムーヴィー上映という今作を通して、筆者は、ホームムーヴィー受容の新たな可能性を感じた。通常、ホームムーヴィーは、撮影者の視点、興味、関心をダイレクトに視聴覚化させるため、撮影者の家族以外の第三者にとっては、自己同一化が容易ではない。だからこそ、ホームムーヴィーは観客にとって退屈なものとして考えられてきた。今作において描かれる大西の祖父の死についても、第三者である観客にとっては他人事である。中には、祖父の骨まで見せる強烈な死の表象が強い印象を与え、ある種の嫌悪感を感じた観客もいたであろう。しかし、今作が扱う家族の死というのは、人類普遍のテーマであり、誰もが理解し、直面しうる出来事といえる。そうであるとすれば、今作における大西の祖父の死を通じて、自身の家族の死を想像し、重ね合わせた観客も少なからずいたのではないだろうか。この点で、今作はホームムーヴィーであるにも関わらず、観客による自己同一化の可能性が垣間見える作品である。今後の映画史におけるホームムーヴィーの地位・関心の向上のためには、観客がより自己同一化でき、退屈しないホームムーヴィーへの進化が必要である。そのためには、従来のホームムーヴィー概念に囚われず、映画館等といった公共空間において上映することを目的とし、撮影者が主観的に捉えたものを、監督等の第三者が介入し編集するといった新たな形体を展開していくべきであろう。

IV.列車映画と8ミリフィルムの終焉
    映画の歴史は、列車のモーションで始まり、列車のモーションで終わる。前述のリュミエール兄弟によるシネマトグラフ上映会にて、『列車の到着』を観ていた観客が、スクリーンから列車が飛び出してくるのではないかと怯え、席から飛び跳ねたという逸話が残っている。現実世界で列車を見慣れていたはずの当時の観客が、本当にこの話のような反応をしたか否かは別として、映画史において、列車という運動媒体は映画製作者だけでなく観客を魅了し続けていることは間違いない。飛行機が飛び、人が宇宙へ行くこの時代にも列車はその魅力を維持しており、ケン・ローチ、アッバス・キアロスタミ、エルマンノ・オルミによるオムニバス作品『明日へのチケット』(2005)、オタール・イオセリアーニの『汽車はふたたび故郷へ』(2010)、森田芳光の遺作『僕達急行A列車で行こう』(2012)など21世紀に製作された映画作品の中でも列車は衰えることはない。
    今映画祭でも数作品の中で列車が登場した。その中でも、映像作家川口肇(14回目)の作品『Vanishing-eight』は、映画と列車の歴史をふまえた作品である。今作は、列車の先頭車両の窓を通して、まるで川口自身が列車を運転しているかのような視点で、列車がレールを進む風景が描かれる。これは東京在住の川口が毎日通勤する際に見る風景なのだろう。日本の鉄道会社が誇る時間に正確なサービスにより、列車通勤客は、毎日同じ時間に、同じスピードで、同じレールの上を移動し、同じ風景を見ることが可能である。それはまるで、スケジュール通りに上映が開始され、1秒24コマというスピードで映写機によってフィルムが回され、スクリーンに同じ風景が投影される映画に似ている。列車のレールの1本1本の間は、まるで長方形のスクリーン、あるいはフィルムの1コマ1コマのようにも見える。また、今作の最後にはそれまで抑えられてきた多重露光が一気に放たれ、いくつもの風景が重なり合っている。ここで見えるイメージは、川口が列車の窓を通して見る風景と列車という映写機がレールというフィルムを回して見える風景が重なってできたものである、と筆者は考える。
    今作のタイトルである『Vanishing-eight』は、消失点という意味の「vanishing point」と生産終了が発表された「消え失せる8(ミリフィルム)」とがかけられているのであろう。多重露光放出の後、映画は白飛びで終わる。それは、レールの先から段々とぼやけた白い光が現れ、列車はその光に近づくように見える。列車の窓がまず白くなり、次に我々観客が眺めるフレームが白くぼやけ、映画はそこで終わる。レールの先に出現する光は消失点であり、その先を列車が進む時には、8ミリフィルムが消え失せる時、つまり8ミリフィルム映画が終焉を迎える時なのだ。多重露光撮影でいくつものイメージを重ねていたのは、終わり行く8ミリフィルムが与える虚構世界をいくつも重ねることで、8ミリフィルム映画の終焉を惜しんでいるのかもしれない。
    今作の白い光に包まれる列車の窓と観客が見つめる映画のフレームという二重のスクリーンが示唆する映画の終焉は、ハンガリー人映画作家タル・ベーラの『ニーチェの馬』(2011)に登場する娘と父が時折眺める窓というもうひとつのスクリーンが示唆する映画の終焉を思わせる。同作の前半から中盤では、窓の外に映る砂埃などのモーションを窓越しに眺めることは可能である。規則化された生活の中で、登場人物同士の会話や食事以外の唯一の娯楽といえる活動は、窓という映画スクリーンを眺め、そこに映る(窓の向こうに見える)砂埃や暴風にゆれる木々のモーションを見ることだけである。しかし、映画後半には、暴風による砂埃にため窓は白く塗られ、何も見えなくなり、登場人物はただ呆然とする。同作における真っ白になった窓は、川口の作品のエンディングに光で覆われる列車の窓と観客の眺めるフレームを彷彿させる。両作品が同じ手法で映画の終焉を示唆している点は非常に興味深い。

おわりに
   約3時間にわたる計46作品の上映が終わり、1978年より始まったPersonal Focus映画祭は幕を閉じた。最後に、今映画祭の京都会場を担当したメディア・アーティスト森下明彦、映像作家櫻井篤史から、「日本の映画発祥地である京都の若者が、もっと映画製作に関わり、今映画祭のような場を引き継いでいって欲しい」と挨拶があった。また、森下は本年10月に行われる「第10回ホームムービーの日」についても触れ、京都でも行われる「ホームムービーの日」に向けて、京都の家庭に眠るホームムーヴィーをぜひ持ち寄って欲しいと訴えかけた。8ミリフィルム等で撮影されたホームムーヴィーを持ち寄ることで、家庭に眠るフィルムが廃棄されることを防ぎ、保存する機会となる。また、ホームムーヴィーを公共の場で鑑賞するという試みは、映写技術を共有する場となるだけでなく、従来のホームムーヴィーの価値観を変え、新たなホームムーヴィーの在り方を作り出すきっかけとなるであろう。8ミリフィルムは映画製作媒体として近い将来消えていく運命にある。しかし、Personal Focusという映画祭は、8ミリフィルムに限らず、撮影者が個人的に関心のあるものをデジタル撮影した映画を持ち寄ることでも実現可能である。新たな撮影手法と撮影媒体の変化に対応し、映画製作を続けることが、映画芸術をこれからも発展させ、Personal Focusを新たな形で実現させる一歩となるのではないだろうか。


[1]パーソナルフォーカス映画祭にて上映された映画作品とそれらの監督の名前は、映画祭にて配布されたプログラムに表記されている情報を使用している。