ベルリン映画祭(ジェネレーション部門)報告



植田 真由

  冬の寒さも厳しい2月半ば、カンヌ国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭と並び、世界三大映画祭のひとつに数えられるベルリン国際映画祭は開催される。多くの映画人を輩出したドイツのベルリンは270を超える映画館を有しており、作品上映はそのなかの22箇所の映画館や施設で行われる。映画祭参加者は目当ての作品を鑑賞するために地下鉄やバス、トラムを乗り継いで市内を移動するのだが、そのうちに西と東の持つ雰囲気の明らかな違いを感じ、かつてこの街が政治的不条理のため分断されていたことを否が応でも彷彿させられる。映画祭中心部に残るベルリンの壁の残骸、移動中に見えるホロコースト記念碑などは、二度と繰り返してはいけない歴史の愚かさを切に感じさせる。わざわざ観光などしなくとも、映画祭会場を移動してまわるだけでこの街の持つ特殊な歴史を思い出さずにはいられない。そのような理由からも、本映画祭は非常に希有な映画祭と言えるであろう。

 また、世界では様々な映画祭が開催されているが、子どもを対象としたセクションを設けている大規模な映画祭は本映画祭だけである[1]。1951年から始まった本映画祭は、1978年から子ども映画部門(ジェネレーション部門と呼ばれる)を開始し、2007年からはさらに二つに分かれることとなった。4歳以上を対象にし、11人の子どもの審査員によって最優秀賞が審査されるGeneration Kplusと、14歳以上を対象とし、7人の子どもが審査員を務めるGeneration 14plusである。

 ベルリンの壁崩壊後、ドイツの国際交流のための施設として様々なイベントが行われている世界文化の家(HAUS DER KULTUREN DER WELT)を中心会場とし、本年のジェネレーション部門では、Generation KplusとGeneration 14plus合わせて長編26本、短編38本が上映された。本部門で上映される世界中から集められた作品群は、制作国こそ違えど子どもを主人公に据えている点では共通しており、長編や短編のなかにも実写やアニメーション、フィクションやドキュメンタリーがバランス良く混在し、様々な映像経験が出来るようプログラミングされている。Generation Kplusの作品には、それぞれの作品に対象年齢の規定があり(6歳以上、7歳以上、8歳以上と細かく指定されている)、それを小学校の生徒達が団体参加する基準にしているようだ。Generation 14plusはKplusに比べると非行や麻薬などを扱った重厚な作品も多く並び、大人でも十分に堪能できる内容になっている(日本からは中野量太の『チチを撮りに』が出品されていたが、筆者もチケットが取れないほど人気であった)。

 このベルリン国際映画祭ジェネレーション部門は京都で行われているキンダーフィルムフェスト京都と提携しており、ジェネレーション部門で上映された作品がキンダーフィルムフェスト京都で上映されている。そこで以下では、そのキンダーフィルムフェスト京都との比較考察も交えながら本映画祭レポートを進めていきたい。

 ベルリン映画祭では、どの会場も非常に多くの子ども達で賑わっていた。これには、幼い子を持つ家庭、友人・恋人同士などで映画祭を楽しむことが文化として根付いていることや、近隣の学校の生徒がクラスや学年単位で鑑賞できるように開かれている本部門の特徴が理由として挙げられるだろう[2]。キンダーフィルムフェスト京都ではこれほど子ども達で賑わっている光景を見ることは少ないため、日本とドイツの映画受容の現状に差を感じた。その要因として、キンダーフィルムフェスト京都の認知度の低さや広報不足などの問題もあるが、決して、それだけにとどまらない日本の映画受容の問題があるように思われる。日本の子どもを観客として想定している作品は、子どもを子ども扱いしすぎて、わかりやすさだけが重視されている嫌いがある。

 日本では、ベルリン映画祭で高評価を得た作品を上映しても、作品や作品内の台詞について保護者から抗議の声が上がることがある。たとえば、キンダーフィルムフェスト京都で実際に筆者が耳にしたものに、以下のようなものがある。母親と二人暮らしの男の子が、父親を捜そうとする過程で自身の出生の秘密が精子バンクによるものだと知るストーリーの作品には、「精子バンクなんて言葉が出てくる作品はいかがなものか」といった意見が出たり、台詞のなかに「上半身裸だ」という言葉があれば、「子ども映画祭でそんな表現があるものを上映するなんて」と保護者からのクレームの声があがったりする。このように、日本の場合、大人が子どもたちを過保護に、かつ子ども扱いしすぎる傾向があるのではないだろうか。すでにキンダーフィルムフェスト京都についての報告で述べているように(拙稿参照http://www.cmn.hs.h.kyoto-u.ac.jp/CMN13/ueda-report-2009.html)、子どもたちは、大人が考えるよりもはるかに冷静に映画を観ることができる。彼らは自分たちに必要な情報を取捨選択する力をもっているのだ。これからは、大人が想定している「子ども向け」の範囲を広げていかなければならないのではないかという思いを強くした。

 加えて、本映画祭に参加して肌で感じたのは、どうやらこの街では映画を楽しむことが日常生活に根付いているらしい、ということだ。数々の映画人の名前を冠したカフェがそこここに見られることも、映画がこの街に浸透している証であろう。映画祭は文字通り「祭り」であるのだし、みんなで映画を楽しむためのものだ。外国では多く見られることとは思うが、会場の雰囲気から、観客が映画を楽しんでいる様が見て取れた。たとえば、上映中や上映前後の拍手や歓声、指笛などは、大勢の見知らぬ人と暗闇で映画を共にする映画館ならではの鑑賞体験をより豊かなものにしてくれるものであった。そして、ほとんどすべての作品上映時には、監督や制作スタッフも観客席に同席し、観客の反応を直に感じながら共に楽しみ、子どもたちは子どもたちで会場に制作者がいることに胸を躍らせ、鑑賞する。また、上映後の質問コーナーには質問したい子どもたちが列を成す。これは日本では考えられないことで、京都の子ども映画祭では、質問コーナーを設けても大人子ども問わず質問者が少なく、時間が余ってしまうのが現状である。質問は制作動機や作品が実話に基づいているのかどうかを問うものが多く、これは京都の子ども映画祭でもよく挙がる類のものである。しかし、筆者が驚いたのは、本部門では、子どもやティーンエイジャーが疑問に思ったことやもっと知りたいと感じたことを口に出し、たとえそれが批判的なものであったとしても正直な感想をぶつけることが少なくないことである。彼らは、「何を伝えたいのかよくわからない」「メッセージが感じられなかった」と、制作者に遠慮無く感想を伝え、監督達と作品について会話を重ねる。ベルリンの子ども達は、映画をより身近なものとして享受し楽しみつつも、ただ褒めるだけでなく批評的な眼差しも持ち合わせているのだ。

 この差は、内気な日本人とそうではない欧米人の気質によるものとも言えなくはないが、やはり、映画に触れる機会の多寡にもよるのではないだろうか。ベルリン国際映画祭では、小・中学校と提携し子ども達を誘致しており、子どもに映画を楽しむ機会を積極的に提供していることがわかる。もちろん、学校側にも進んで参加する意思がないと成り立たない。どちらにせよ、子どもが映画に触れる機会を、大人が精力的に設けていることは明らかで、この姿勢こそが日本と大きく異なる点であろう。また、日頃から様々な事柄について議論することも、日本の子ども達に必要なことであろう。キンダーフィルムフェスト京都での子ども審査員会議の様子を見ていると、議論がなかなか成立せず、議論に持って行くまでに時間がかかってしまうことがしばしばある。感想を述べるだけにとどまったり、反対に、熱中しすぎて喧嘩に発展してしまったりと、加減がわからない子どもが少なくないのだ。欧米に比べて、日本では議論することが根付いていないことは様々な局面で指摘されて久しいが、未だに浸透していないのが現状である。

 この度、ベルリン映画祭ジェネレーション部門に参加して感じたのは、ベルリンでは子どもが映画を観ること、そして、日頃から物事に対し批評的な眼差しを持ち、かつ議論することを身につけているということ。加えて、大人が子どもに映画をみせることが文化としてきちんと根付いていることである。ジェネレーション部門は、地元の学校がクラス単位で参加できるようなTHE BERLINALE SCHOOL PROJECTという仕組みを作っており、ベルリン市内の学校とも密に連携している。映画祭前に、学校の教師は映画を観ることが出来、自分の生徒達にどのようなテーマの映画が適しているかをディレクターのサポートのもと選定するのだ。このように、ジェネレーション部門は地域と連動することによって子ども達が映画と関わる機会を設けており、学校もこの取り組みを上手く利用している。実際、夕方以降の遅い時間に上映される映画を除いて、クラス単位で鑑賞に来ている小学生の団体と引率の教師は多く、このプロジェクトが見事に機能していることがうかがえた。

 また、ドイツだけでなく、フランスのシネマテーク・フランセーズにおいても、「子ども観客のための上映」というプログラムが組まれたり[3]、子ども専用映画館ユルシュリーヌ座が存在するなど、子ども観客に対するケアが行き届いている。日本においても、子ども達に映画をみせるだけでなく、映画について議論し合う環境を大人が作り、そして身につけさせることが必要なのではないだろうか。

[1]  カンヌ国際映画祭にもカンヌジュニアと呼ばれる子ども向けの上映があるものの、本映画祭のようにコンペティションは行われていない。また、小規模なものであれば、世界でも少なくとも132の子ども映画祭が行われている。http://www.ecfaweb.org/ecfnet/festivals.php

[2] このTHE BERLINALE SCHOOL PROJECTについては後に詳述する。

[3]上映前に簡単な解説が付く。