第61回ヴェネツィア映画祭報告
ーー2004年9月1日〜9月12日開催のうち私が徘徊した4日から12日まで

山本一郎

9月4日(土)

私はスーツケースに入らなかった『珈琲時光』のヴェネツィア上映用フィルム2巻を手に持ち()、スイスエアー、成田10:40発、チューリッヒ経由、ヴェネツィア18:45着の飛行機に乗りこみました。ヴェネツィア映画祭には、あらかじめ公式上映用英語字幕プリントと一般上映用イタリア語字幕プリントの2本を送ってもらっていたのですが、一部不都合があり、フィルムを差し替えるために、それぞれの最終巻である6巻目だけを私が2種類持参することになったのです。チューリヒで小型機に乗り換えて定刻にヴェネツィア、マルコ・ポーロ空港に着きました。

一方、8月31日、新宿で『珈琲時光』の試写会があり、舞台挨拶を終えた侯監督とリー・ピンビン撮影監督から、もう少し暗く焼いたプリントをという希望が出て、急遽その作業にかかり、ヴェネツィア映画祭での9日のプレス試写、10日の公式上映のために担当部署が発送手配をしていました。これが間にあえば私が持参してきた2本は必要なくなります。

スーツケースをひっぱり、プリント2巻入りの布鞄を肩からさげて空港を出た私は、ヴァポレットに乗りました。ヴェネツィア映画祭は、この小型船で40分ほどのリド島というリゾート地で毎年開催されており、今年は6つの会場を中心に、朝は8時半か9時に上映がはじまり、夜は0時半開始を最終回に、合計21本のコンペティション、15本のアウト・オブ・コンペティション、20本のホライゾンズ、デジタルシネマ部門、特別上映作品等が上映されます。

この日から朝日新聞社K氏の御厚情により12日までホテルの相部屋生活。この時期のリド島のホテルは満室のうえに高額になります。少し離れたホテルから会場まではシャトルバスか自転車が便利で、特にレンタサイクルは人気で、私が着いたときにはすでにありませんでした。この時期に一年分稼ぐのだそうです。

9月5日(日)

朝、事務局に行き出品作の関係者パスを受け取り、上映会場に足を向けました。1会場で6、7本、計30数本の映画が1本につき3、4回、日時をかえて上映されます。パスにはプレス用、関係者用、映画会社用と、数種類あり、一般の人もチケットを買えば入場できます。ヴィスコンティの『ベニスに死す』で有名な海岸がすぐ近くにある上映会場は、夏の終わりのせいもあってカジュアルな若者の姿が目立ち、大学の学園祭のような雰囲気です。行き交う日本人は、記者、批評家、配給会社、映画スタッフで一般の人はほとんどいないようでした。

11:00、コンペ作品、GUIDO CHIESA監督『LAVORARE CON LENTEZZA-RADIO ALICE 100.6MHZ / WORKING SLOWLY(RADIO ALICE)』。70年代後半のボローニャ大学での学生運動を描いた映画でした。終了後、少し拍手がありました。日本とは違って、観客はエンドロールがはじまるとすぐに席を立ちます。ホテル近くの中華レストラン(安価)で昼食をとる。

15:00、コンペ作品、JIA ZHANGKE監督『SHIJIE / THE WORLD』。冒頭、製作のオフィス北野の青い「K」のマークが浮かんだだけで会場から拍手。北野武監督作品の人気の一端でしょう。才能の存在を主張するような映画で、ラスト近く佇む老夫婦のバックに『東京物語』の音楽が流れました。テーマパークの恋人たちが空飛ぶ絨毯のデジタル合成で遊ぶ場面は、『忘れじの面影』の雪の遊園地の場面を思いださせてくれました。

18:00、チネチッタ特集(?)、MASSIMO TROISI監督『RICOMINCIO DA TRE』(1981)。観客は途中で何度も笑いながら拍手。確かに時々面白かったのです。デジタル部門の審査員で、東京フィルメックス・ディレクター、しかも上記のコンペ出品、ジャ・ジャンクー監督の『世界』のプロデューサーである市山尚三氏に映画祭の見どころを訊くと、特集上映の「ITALIAN KINGS OF THE BユS」を勧めてくれました。クエンティン・タランティーノが選定にからんだという60〜70年代のイタリアB級映画を映画祭期間中、深更に上映するというものです。

9月6日(月)

午前と午後、ヴァポレットでヴェネツィア観光。魚市場、アカデミア美術館、サンマルコ寺院、ドゥカーレ宮殿などへ。ドゥカーレ宮殿では、映画の時間が気になって、貞操帯の説明をガイドから熱心に聞いているフランスの御婦人たちや、やけに流暢な日本語を話すイタリア人ガイド率いる日本人団体のあいだを走り抜けるように移動。不気味な地下牢を走ると何かから逃げているような奇妙な気分になりました。

16:45、アウト・オブ・コンペ作品、KIRA MURATOVA監督『LユACCORDATORE / THE TUNER』。長蛇の列で入場できたのは上映開始後の17時。モノクロ。非常に強い効果音。私にはよくわからないまま終了。

24:00、「ITALIAN KINGS OF THE BユS」特集で、UMBERTO LENZI監督『ORGASMO』(1969)。不景気な雰囲気(低予算だけが原因とは思えない独特の空気)が漂い、お色気映画と閉所恐怖症的恐怖映画の合体という趣向か。『卍』と『何がジェーンに起こったか?』を思いだしました。観客は少なく、他に日本人はいませんでした。

9月7日(火)

11:15、コンペ作品、MICHELE PLACIDO監督『OVUNQUE SEI / WHEREVER YOU ARE』。『シックスセンス』のような物語で、終了後、大きくもなく小さくもないブーイングと拍手が相半ばしました。

15:00、HORIZONS部門、VINCENZO MARRA監督『VENTO DI TERRA / LAND WIND』。生真面目な内容を生真面目に演出、撮影し、生真面目に編集した作品。多くの観客が好感をもったようでした。『RICOMINCIO DA TRE』と同様、ナポリは貧しい都市として描かれていました。

17:30、コンペ部門、AMOS GITAI監督『PROMISED LAND / TERRA PROMESSA』に並んでみたものの満員で入場できませんでした。朝日新聞K氏、その知人でイタリア映画のプロデューサー氏と海岸沿いの売店で珈琲。浅野忠信さんがHORIZONS部門出品の塚本晋也監督『ヴィタール』のために先着。

22:30、「ITALIAN KINGS OF THE BユS」特集、DAMIANO DAMIANI監督『QIEN SABE / A BULLET FOR THE GENERAL(群盗荒野を裂く)』(1967)。白いスーツのLOU CASTEL(『ORGASMO』でも死んでました)が撃たれる、ラストの列車の暗殺に少し魅かれました。主人公のGIAN MARIA VOLONTEは『七人の侍』の三船敏郎のようでした。KLAUS KINSKIが小さな役で登場。上映前、ひとつしかない男性用トイレが内側から鍵をさしてあるドアで閉じ込められてしまい、汗をかきながらやっと脱出したときには廊下に小さな行列ができていて失笑を買いました。

9月8日(水)

9:00、コンペ部門、TODD SOLONDZ監督『PALINDROMES / PALINDROMI』。同じ主人公を場面別に4人の女優が演じる。衣裳が同じなので、それとわかるのですが、だんだん不快になりました。

11:00、コンペ部門、昨日満員で見逃したギタイの『PROMISED LAND / TERRA PROMESSA』。最初の場面、女性が夜の砂漠のようなところで懐中電灯の光をたよりに売買されるシーンがかなり迫力がありました。大型船内で裸にされホースで水をかけられる場面は寒そうな感じがよくでていて、『ケス』のシャワーシーンを思い出しました。HANNA SCHYGULLAが、やり手婆のような役所で登場。『珈琲時光』主演の一青窈さんが到着。

9月9日(木)

午後、侯監督到着。ゲストの宿泊ホテル、エクセシオールのプールサイドで日本と台湾マスコミの記者会見。

17:00、HORIZONS部門、GREGORY JACOBS監督『CRIMINAL』。丁寧なコンゲームの脚本は、丁寧なほど腑に落ちすぎ、結果として凡庸な映画に見えてしまうのではないかと思いました。

20:00、『珈琲時光』プレス試写。日本から送られたフィルムも間に合って、比較的大きな会場Palagalileoを満員御礼状態にして上映開始。フィルム・チェックをかねて侯監督を含む数人で冒頭の数分を見ました。「小津安二郎百年誕辰紀念」のタイトルに拍手が起きました。上映前、外で待っていると塚本監督の『ヴィタール』が終わり、大きな拍手が聞こえてきた。

24:30、「ITALIAN KINGS OF THE BユS」特集、ENZO G. CASTELLARI監督『QUEL MALEDETTO TRENO BLINDAT / THE INGLORIOUS BASTARDS』(1977)。この日、同じ時間に別の旧作映画もあり、入口近くに映画に詳しそうな若い男性二人組がいたので、どちらを見たらよいかと訊くと、もう一本の映画は知らないが、この映画はリー・マービンの『特攻大作戦』のような内容でタランティーノが気に入っている映画だと教えてくれました。私は、ではこちらを見ますとお礼を言って自己紹介をすると、彼らはフランス人で、毎年カンヌに行くのだが今年はヴェネツィアに来たという。侯監督の映画は好きで10日の『珈琲時光』の公式上映チケットを買っていて楽しみにしていると笑った。ひょっとしたらある種の映画好きにとって、今年はカンヌよりヴェネツィアなのではないかとこのとき感じました。前の映画が終わらず、24:30すぎにタランティーノが、監督と思しき人物と連れ立って現れ、開場を待つ20人くらいの人々に「マエストロ!」と彼を紹介して満足そうにひっひっと笑って拍手を受けていました。午前1時ごろになって、ようやく開場。まばらな客席にむかって司会の人がリラックスした大学の講義のようにマイク片手にスクリーン下に現れ、監督とプロデューサー(だったと思います)、それに音楽のFRANCESCO DE MASIを紹介。拍手とともに映画ははじまり、拍手とともに終了。私も拍手しました。ヨーロッパ戦線で落ちこぼれ米兵数人がナチスの核兵器を運んでいる列車を襲撃するという内容で、米兵は全員イタリア語です。もしイタリア兵が出てきたら何語を話すのかはわかりません。仲良く並んで座っているフランスの二人にお礼を言って帰りました。ちなみにタランティーノ監督はこの映画のリメイク権を持っているそうです。

9月10日(金)

毎日発行される映画祭の小さな新聞の星取り表では『珈琲時光』の評価は分かれていました。午前、海外向け取材。午後、公式記者会見。メンバーは侯監督、一青さん、浅野さん、小坂さん。海外プレス向けの取材が再度あり、夕食をしたレストランから公式上映会場のSALA GRANDEに向かいました。22:00ごろだったと思います。前日のプレス試写とは違い満員ではありませんでしたが、拍手とともに無事上映が終わり、解散。24:00から別会場で再上映があり観客の反応は上々でした。例年だと、授賞式の前日であるこの日の夜、授賞についてのなんらかの連絡が映画祭サイドから来るらしいのですが、夜中になっても、なんの連絡もはいらず、審査が難航しているという噂が立ちました。

9月11日(土)

午前中に審査結果がわかり、『珈琲時光』は受賞できませんでしたが、フランスの「リベラシオン」紙に「侯の「珈琲」は小津の味がする」と題して絶賛の記事が出ました。グランプリは下馬評の高かったマイク・リー監督『VERA DRAKE』。いくつかの取材を終え、何人かで、ヴァポレットで観光した後、慰労会ふうの夕食を中華レストランでとり、夜中にホテルを抜け出して、最後の映画を見に出かけました。

24:00、「ITALIAN KINGS OF THE BユS」特集、RUGGERO DEODATO監督『CANNIBAL HOLOCAUST(食人族)』(1979)。フランスの若者二人と再会。『珈琲時光』の感想を訊くと顔を見合わせて言いにくそうにするので、遠慮しないでくださいというと、期待が大きすぎたかもしれない、座った場所がエアコンの効きにくい席だったのでもっと良いコンディションでフランス公開時にもう一度見てみるよと。タランティーノが例によって映画監督とともに現れ、上映前に簡単な紹介と質疑応答がありました。映画は私にきつくて何度か下を向いてしまいました。海亀の首をはねると、血圧を測る時のゴムのような神経(?)が見えたり、甲羅をはがして手足を落としたり・・・。時折、何でもないようなところで、タランティーノ監督のひっひっという笑い声が聞こえてきました。拍手とともに上映は終わり、落ち込んだ私はフランスの二人に目で挨拶をして逃げるように外に出て、深夜バスでホテルに向かいましたが、なかなか寝つけませんでした。

9月12日(日)

スイスエアー、ヴェネツィア9:30発、チューリッヒ経由、成田13日7:55分着の飛行機に乗りました。ヴェネツィア発の小さな飛行機にはソフィア・ローレンが同乗していたそうですが、私は見逃してしまいました。チューリッヒ、成田間にビデオで『脱出』。ローレン・バコール(コンペ部門のJONATHAN GLAZER監督『BIRTH』に出演。ヴェネツィアに来ていたのだろうか?)、ホーギー・カーマイケル、ウォルター・ブレナン、ハンフリー・ボガード。成田に着いて会社を経由して公開二日目の『珈琲時光』、新宿高島屋テアトルタイムズスクエアに行くと、ほぼ満員でした。

映画の上映用フィルムは昔から分数にして各20分ぐらいのロール(1巻、2巻・・・と呼びます)に分かれていて丸いフィルム缶に入っています。『珈琲時光』(103分)は全6巻です。これをひとつにまとめて入れる袋があり、コンテナと呼んでいます。最近インターネットと関連して映画のことをコンテンツと言う方がいますが悪い冗談のような気がします。缶といっても(以前は本当にブリキ缶だったのですが)、今はカラフルな緑や赤のプラスチック製です。劇場初公開を意味する「封切り」という言葉はこのフィルム缶を開けることに由来すると何かで読みましたが本当かどうか知りません。