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書評『INTERVIEW 映画の青春』 執筆者紹介
香港国際映画祭小報告
石田美紀

 3月26日蒸し暑い空気に窒息しそうになりながらわたしは初めて香港にきた。7月1日の中国返還をまえにしてなにかと話題の香港に来た目的は、そう3月25日から4月9日まで開催される第21回香港国際映画祭だ!しかもわたしの手にはプレスパスなどという分不相応な代物もあるではないか!!このプレスパスについては映画祭スタッフの温かく寛大な心と素早い対応にただただ感謝するばかりである。このパスのおかげで非常に快適に映画を観ることができた。残念ながら開催中ずっと香港に滞在することはできなかったが(貧乏暇なしとはうまいことを言ったものでアルバイトのため、会期半ばに泣く泣く香港を後にしたのです)、わたしなりに経験した香港映画祭をここに報告したい。

 毎年3月末から4月はじめにかけて開催される香港国際映画祭は、香港をはじめとするアジア、そしてヨーロッパ、アメリカはもちろん世界各国から映画が出品される大規模な(おそらくアジアで最大の)映画祭である。今回は約2週間の会期中、5つの会場で195本の映画が上映された。世界各国から最新作が集まる見本市としての側面だけでなく、ユニークな視点から組まれたいくつもの特集が映画祭全体を深みのあるものにしているといえる。よく香港には文化がないとか、金融とショッピングとグルメだけの街だとか言われるが、いやいや映画祭のプログラムをみたらそんなことは言えなくなるのではと思ってしまう。今回どのような特集が組まれていたかざっと列挙する。フィリピン人監督イシュマエル・バーナル特集、検閲特集、メキシコ人監督アルトゥーロ・リプスタイン監督特集、ゾーンと名づけられた若手監督の特集、映画についての映画、ドキュメンタリー特集、劇映画の監督たちのドキュメンタリー映画、アーカイヴの宝、アニメーション、そして香港映画の戦後50年回顧特集である。とりわけ今回一番力が入っていたのは、なんといっても香港映画戦後50年回顧特集だろう。日本でも香港映画の人気はますます高まってきているが、香港映画の歴史は案外知られていないのではないだろうか。1948年の『歌女之歌』から1994年のウォン・カーウェイの『東邪西毒』までの45本の香港映画を一挙上映するこの特集である。コメディー、アクション、メロドラマとさまざまなジャンルを網羅したこの特集をすべてみれば、戦後から現代までの香港映画史はばっちりといったところなのだろう。そうどの映画もほんとうに見逃せないものばかりであった。しかし悲しいかな時間と他の特集との兼ね合いで全部は当然みることができなかった(というよりもほとんど観れなかったというほうがより正確な表現だ)。さらにこの特集と連動して4月10日から12日まで香港映画についての国際会議も開かれていたことも報告しておこう。

 これだけ密度の濃いプログラムを組むスタッフというのはなんて有能なんだと感心していると、日本商社の香港支社に勤務するM氏によると、映画祭は香港政庁の文化局の職員が企画しているのだが、全員がまだ20代から30代前半の若手でかれらはものすごくエリートなのだそうだ。そういえばプレスパスをもらいにいったとき、事務局に詰めていた人たちみんなわたしと同年代ぐらいの人たちであったことを思い出した。市の職員という公務員ですら能力があれば年齢に関係なく出世できるらしく、課長クラスが30代前半の女性であることも珍しくないらしい。また現在香港は世界の中で一番豊かな自治体のひとつであり、映画だけに限らず文化政策にどんどん惜しみなくお金を使うことができるそうだ。たしかに映画祭の会場もすべて立派で設備のよい場所であった。もちろんハードだけでなくソフトもしっかり充実しているところが、ハード中心に陥りがちな日本が見習わなければいけないところだろう。

 3月26日から4月1日の間に、わたしが観ることができた映画について簡単な感想で報告に代えさせて頂きたい。「観てよかったー」と思った映画はなぜかすべて香港映画回顧特集の作品だった。香港映画といえばカンフーという図式が日本ではもっともポピュラーであるが、現在の洗練されたカンフー映画の原点のひとつ、The True Story of Wong Fei-hung (1949)を観ることができたわたしは幸運な人間である。The True Story of Wong Fei-hung はカンフーマスター、ウォン・フェイ・フンが悪漢相手に大暴れする人気シリーズの第一作である。ウォン・フェイ・フンのアクションシーンをはじめ、すべてのシーンがスタジオ撮影である。アクションも現在のわたしたちの目からするとゆっくりで稚拙であるし、アクションをより効果的にみせるためのセットの小細工も観客にも仕掛が容易にわかるようなものだ(たとえば人間が落下するときに同時に階段の手すりが折れ、落下がよりダイナミックにみえるようにしているのだが、先に手すりに亀裂が入っており、人が手すりにぶつかるよりも早く折れているのが観客にもわかってしまっていた)。しかしアクションやギャグを同一シーンのなかで何回も繰り返してみせるサーヴィス精神は、今日のジャッキー・チェンにも通じるものであろう。またこの映画においてアクションだけでなく、歌謡も大きな比重を占めている。広東語のみの字幕無しの上映だったため不安であるが、プロットに関わってこない人物が路上で歌う歌謡が5分以上続くシーンがあった。おそらく恋の歌かなんかだろう。1番から3番まで全部歌っていたので、歌のシーンを入れることも公開当時の観客にとってもアクションと同じぐらい重要な関心事だったのではないだろうか。ウォン・フェイ・フンを観た2日後、今度はジャッキー・チェンの『プロジェクトA』(1982)を観る。ウォン・フェイ・フンの末裔ジャッキー・チェンの流麗なアクションにため息が何度も出た。会場が街の中心地から少し離れたところだったので、外国人プレスは数少なく、ドメスティックな雰囲気があふれている。何回みても面白い映画であるが、香港人に囲まれて観るジャッキー・チェンは、日本で観るよりも数倍おもしろかった。スクリーンのジャッキーの動きに対しての観客の反応がものすごく早いのだ。ジャッキーがひとつギャグをかますと、それが終わらないうちに会場は爆笑の渦である。そしてアクションシーンでは、わたしのとなりの席にいたお兄さんなど心はすでにジャッキーであるらしく、ジャッキーの動きにあわせて体を動かしていた。大阪の吉本新喜劇をテレビで観るのと、難波の劇場で観るのとでは面白さが全然ちがうのと同じなのだろうか。

 そして「この映画が長年観たかったー。うれしい」と同行の香港映画通の小高さんがうなっていた2本を紹介しよう。ツイ・ハークの処女作 The Butterfly Murders(1979)とアレン・フォンの Ah Ying (1983)である。The Butterfly Murdersは、ヒッチコックの『鳥』を髣髴させる毒の蝶の大群が沙漠の宮殿に住む人間をつぎつぎと襲っていく。そこに流れ者の一行が訪れて事件を解決していく(この映画も字幕無しの上映だったので、わたしの誤解の可能性が大いにあることは大目に見て頂きたい)。どことなく喪失感を感じさせる流れ者の男性主人公や、謎に満ちた人気のない宮殿、そこで起こる不可思議な事件。サスペンス、アクション、フィルム・ノワールといったさまざまな要素から緊密に織られたプロットと美しいカメラワークが魅力的な、香港映画の既成のどのジャンルにも収まりきらない作品である。またAh Yingもどのジャンルにも属さない、香港ニューウェーヴの最前衛と評価されている映画である。魚屋で働く少女は女優になることを夢見て演劇学校に入る。大陸出身の演出家のもと演技修行し、女優のオーディションをうけるが夢かなわず、魚屋の仕事に戻っていく。フォンは素人俳優を使い、全編同時録音で撮影した。一見非劇的である日々の生活のなかに潜んでいる、コミカルであったり悲劇的であったりする劇的な瞬間をうまく抽出した作品である。両作品とも字幕無しの上映であったため、筋をわたしがどこまで追えているのかという点を差しひいても、一度観たら忘れられないような映像の力をまざまざとみせつける作品であった。最後に香港映画回顧特集以外にも触れておこう。アジア映画特集20本のうち、7本が日本の若手監督(青山真治、諏訪敦彦、山口貴義、井坂聰、三木秀則、河瀬直美)の作品であった。台湾(2本)、韓国(4本)よりも多くの映画が出品されていたことからも、97年の日本映画の活気の一端が垣間みられるのではないだろうか。河瀬直美の『萌の朱雀』の上映後会場から拍手が巻き起こったが、今思えばそれはカンヌでの受賞の前触れだったのだろう。

 とりとめもなく感想を綴ってきたが、わたしの最初の映画祭体験であった香港での日々はほんとうにほんとうに楽しかった。午前中は飲茶を食べながらどの映画にいくかスケジュールを立て、午後から夜にかけて映画を観て、夜は夜でまた食べ歩くといった日々は97年で一番楽しかった(文章にするとこれほど馬鹿らしい文章もないのだが本当にそう思っているからしかたがないのです)。11月も下旬になろうとしている今、映画祭のパンフレットをめくりながら、「あーこれ観れなかったんだー」と観ることができなかった映画についての悔しさと映画祭の興奮がふつふつとわき上がってくる始末である。映画祭から三ヶ月後の7月に香港は中国に返還されてしまったが、来年98年もこの素晴らしい映画祭が今年と同じく、いや今年以上に素晴らしい映画とともに開催されること、そして彼の地で来年もたくさん映画が観れるように心から願っている。

CineMagaziNet! No. 2
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