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第三回

第三回
アメリカ「帝国」の未来戦争――ジョージ・ルーカス『スター・ウォーズ エピソード2』

加藤幹郎

 『スター・ウォーズ エピソード2』がいよいよ今夏公開される。大人も子供も楽しみな荒唐無稽な「スター・ウォーズ」シリーズの最新作である。いまのところ全五本のこのSF映画シリーズは、その精巧な特撮技術によって高い評価を受けてきた。しかしながら、そうした華麗な外観の下に戦争讃美と政治的不寛容のイデオロギーが大手をふっていることもまた確かである。
 
「スター・ウォーズ」シリーズがはじまったのは、現在のアメリカ合衆国大統領ブッシュの老父がレーガン大統領のもとで副大統領をつとめる直前のことであった。一九八三年にSDI(戦略防衛構想)がレーガン政権によって発表されたとき、その数年前にハリウッド映画『スター・ウォーズ』が惑星を丸ごと宇宙空間から焼き払う強力な破壊ビームを描いていたことを連想しない者はいなかった。
 
みじくも「スター・ウォーズ計画」と愛称されたSDIは、ソ連の核弾頭ミサイルを人工衛星からのレーザー兵器で破壊するという夢のような(いまなお実現不可能な)計画であり、第二次大戦後四〇年つづいた東西冷戦を米国の圧倒的優位に終わらせる究極の宇宙兵器開発構想であり、相互確証破壊というコンセプトが唯一の核抑止力であった時代の終焉を意味する最終プロジェクトであった。
 
九八〇年代を席巻した映画「スター・ウォーズ」旧三部作(一九七七−八三)がレーガンの右よりの力の政治を大衆の想像力の水準で後押ししたことは明らかである。「世界秩序」維持のためにレーガン率いるアメリカ「帝国」は、パナマ進攻、グレナダ進攻、イラン=コントラ作戦、湾岸戦争(レーガン政権時の副大統領ブッシュの大統領就任後に勃発)、そしてSDIなど、中米や中東から、はては大気圏外までフロンティア(辺境)戦争を準備拡大し、また実際に戦った。TVニュースで報道されるそうした辺境の戦場のイメージが、雑多な先住民(異星人)がひしめく未来を舞台にした映画「スター・ウォーズ」旧三部作の描くエキゾチックな帝国戦線のイメージ(「氷の惑星」、「砂漠の惑星」、「針葉樹林の惑星」)と対応することは言うまでもない。
 
て世界経済の中枢部に旅客機を激突させるという一〇か月前の言語道断のテロリズム以来、世界はふたたび東西冷戦以来の緊張感に包まれている。事実ブッシュ(息子)大統領下のラムズフェルド国防長官はSDIの縮小版たる「ミサイル防衛構想」をうちだす。そうした緊迫した世界情勢のなかでの今回の『スター・ウォーズ エピソード2』の公開である。そこではのちにダースベイダーとして悪の帝国の領袖となるハンサムな青年主人公が愛にうつつをぬかしているすきに、辺境の白人植民惑星に一〇年近くほったらかしにしていた母親を先住民(異星人)に殺されてしまう。怒り心頭に発したわれらが主人公は母親を殺した先住民を女子供の区別なく皆殺しにする。一五〇年前、白人入植者が西部開拓地でアメリカ先住民(インディアン)に対しておこなったジェノサイド(民族絶滅)の繰り返しである。あるいはテロ根絶の名目でアフガニスタンの非戦闘員を空爆によって、だれかれの見境なく爆死させるのと同じことである。
 
だし世界市場を独占するハリウッド映画最大の商品たる「スター・ウォーズ」シリーズは向かうところ敵なしといった風情である。

(『産経新聞』2002年6月26日号より転載)