CMN! no.1( Autumn.1996)

田中登監督ロング・インタビュー
「優美なる死骸遊び」に魅せられた作家、プログラム・ピクチャーの遺産

3.『江戸川乱歩猟奇館・屋根裏の散歩者』の穴、東映映画『神戸国際ギャング 』、安藤昇



−−テーマ的な話で恐縮ですけど、監督の映画は覗くって行為が非常に多いですね。 『江戸川乱歩猟奇館・屋根裏の散歩者』は言うに及ばず、『秘(まるひ)女郎責め地 獄』でもちょっと襖で覗くようなところが印象的で、シナリオのプロット作りでも演 出の力点においてもかなり意識されてるようです。ピーピングっていうかこういう行 為……。

田中 やっぱりね、エロスを追及するっていうのはそういうとこあるね。見えないと ころ見ようとするからね。まあ『江戸川乱歩猟奇館・屋根裏の散歩者』なんてのは、 原作には天井通ってって正面の窓ってのは書かれてないんですよね。天井穴からあれ を垂らすだけの話になってんだけど『江戸川乱歩猟奇館・屋根裏の散歩者』の方には 、「人間椅子」と「屋根裏の散歩者」と両方入ってるんですよ。だけどまあ、今ちょ っとテーマの話が出たから多少理屈めいたことを言えばね、僕にとっては屋根の直線 の遠いめに開いてる大きな窓は対社会の窓っていうか、主人公が時代と関わり合う窓 にしたかった感性はあるんですよ、感覚はね。天井穴から見下ろす穴はもうちょっと ディテールの穴でいいんじゃないか、どっちかっていうと、さらに細かに入った日常 みたいな・・・。だからあの映画見てもらうと、こういう穴(ディテールの穴)とこ ういう方向(大きな窓=対社会の窓)と二方向で作ってるんですよね。
 関東大震災なんかはやっぱり夢の島で撮った記憶あるんだけど、美術部さんが「監 督、ここで火を焚くと怒られます」って・・・。埋め立て地ってのはガスを抜いてる んですよ。太いパイプでね。すると火を焚くの厳禁なんですよ。だけど関東大震災の 後、どうやって再現するかってことですよね。大オープンセットを作るようなことは できないっていうか、あんまりしたくないし。で、小道具さんに話したら、「監督、 スモークが、古いのが何百本も余ってます」って言うんだよね、「この際だから焚い てしまいましょうか」って言って(笑)。「よし、焚こう」って言ってさ、で、あの 夢の島でスモークを300本ぐらい炊いてるんですよ。で、頭上、羽田空港に降りる 飛行機がね、ゴワーッと降りてくるんだけどね。そんなとこで撮影して、最後に井戸 から汲み上げる水がだんだん血の色に変わって行くカットで終わらせてるんですけど 。それはさっきの窓の方向性とかそういう関係から考えてあることで、だからテーマ の話先程言われましたけど、映画の中で生でテーマを言ってしまうような映画は・・ ・。

−−ダメですか。

田中 ダメです。ダメですっていうか、この辺が恥ずかしくって言えませんね。

−−なるほど。
 それと時代に沿っていきますと、監督は75年に『神戸国際ギャング』、これはフ ィルモグラフィーの中では東映(東京)の映画があります、そのうちの1本で、初め て日活以外で撮られた作品ですけども、この辺はどういういきさつで撮られたんでし ょう。

田中 これはね、プロデューサーが大プロデューサーの俊藤さんなんですよね。で、 俊藤さんはどうも後で話聞くと、僕の映画2本しか見てないんだよね。見た映画が『 秘(まるひ)色情めす市場』と『実録阿部定』なんですよ。それで『秘(まるひ)色 情めす市場』を見てね、どったまげてね、僕に電話かかってきたら、僕、会ったこと も何にも話したこともないから、「田中くんか、君なあ、あの『秘(まるひ)色情め す市場』撮ったエネルギーで1本映画撮ってくれんか」ってのが最初の電話だったん ですよ。それまで会ったこともない。もちろんお名前は知ってますけどね。最初がそ ういう関わり合いだったんですよ。「えっ、それで俳優さんはどういう人考えてる」 、「いや、高倉健から菅原文太から全部用意するから、とにかくあのエネルギーで映 画撮ってくれ」ってのが俊藤さんの最初の電話だったんですよね。それで今だから話 しますけど、俊藤さんは藤純子さんも出そうと思ったんですよ。それでね、菊五郎さ んと結婚した直後でね・・・「ダンナに頭下げに行ってちょっと頼みにいってくるか ら」って言うんだよね。藤純子さんとこ行ったら、「今、結婚したばかりだから勘弁 してくれ」って言われて断られた。
この時にね、ああ、日本にはプロデューサーいるなと思ったんですよ。映画のためな らなりふり構わず、こんなに壁を飛び越えてね。菅原文太や高倉健さんのオールスタ ー映画なんて東映の監督さん撮ったこと無いんですよ、誰も。僕は日活で若い監督で さ、いきなりそういう他社の監督をね、1本映画見たって感性だけで来てくれって呼 んでくる、スタッフを集める、そういう時代が僕は絶対来るって思ってたんですよね 。ハリウッドが甦ったのはそういうとこだからね。つまりダウンタウン行ってね、破 れた椅子越しにね、どういう話をしてるかってことをプロデューサーが聞いてね、そ れをバッと映画にして、「今日ダットサン乗ってるけど、明日ロールスロイスや」っ ていうね、そのぐらいのハートで才能のあるやつを全部掻き集めてね、そこへワッと 集まって映画作ってバッと解散すると、なんかそういうことが日本映画でも行われな いかなってしきりに思ってた時代なんですよね。
 そしたらね、今さっきに撮ってた『秘(まるひ)色情めす市場』は1974年の作 品で、それ撮り終わったら、撮影所長に「君、干すよ」って言われたんだよね。『秘 (まるひ)色情めす市場』、会社がOKした時間が1時間半ぐらいで、ラッシュを2 時間5分ぐらいで見したんだよね、。そしたら、小沼ちゃんが試写室に潜り込んでた けど、小沼ちゃんは「田中ちゃん、2カットぐらいしか切れないね」って言ったね。 そしたら、中川梨絵がなんか潜り込んでてね、途中でハーッて悲鳴あげたやつがいる んだね、失神したやつがいるんだよ。見たら中川梨絵だったんだよ。
 で、会社にとっては常識を遥かに越えた尺だからね、絶対許せないわけだよ。でも ね、見てったらほとんど切れないって言うんですよ、僕は切れないわけだよ。まして やさっきのエピソードがあって作ったシャシンだから死守しなきゃいけない。もう体 張って、あのシャシンは監督が頑張らないで誰が頑張るってことだからね。そうやっ て尺を確保したシャシンだから。娘の弔い合戦みたいなとこは、ちょっと浪花節にな るかもしれないけど、そういう気持ちもあってね。あのシャシンを1秒でも5秒でも いいから、尺を確保したシャシンなんですよね。そういうシャシンが出来上がった時 に撮影所長に「君、干すよ」って言われて1年8ケ月干されたけどさ、でも世の中っ て広いんだよね。誰かが見ててくれたんだよ。それがたまたまあのシャシン見ててく れた人が東映の俊藤さんだったんです。

−−トップもトップと言っていいプロデューサーですね。

田中 ええ。俊藤さんが見てて・・・。こういう出会いがね、映画を変えていくんで すよね。こういうことが奇跡的にあったんですよ。だから今これから映画を志す人は ね、決して諦めてほしくないし、信念を持って作った映画は誰か見てる、世の中は広 いからね。誰か見てるから、そこでもう本当に信念を持って作ってほしい。そういう 意味で非常に勇気づけられたシャシンなんですよ。だからどういう出会いですかって 、今言われてる質問はそういうことなんですよ。だから俊藤さんにはある意味ではね 。俺、『秘(まるひ)色情めす市場』撮り終わった時、貯金通帳3万5千円ぐらいし かなかったんだよ。でね、会社専属料もらってんだけどね、それで食えないから袋貼 りやって凌いでたんだけどね。で、俊藤さんが呼んでくれてロケ手当が出て、それを 家へ送金して、『神戸国際ギャング』を作った記憶あるんですよ。だからそんなこと よりも、とにかくプロデューサーと監督の出会いっていうのは日本映画でもそういう ことがあったっていうことをね、みんな知ってほしいんだよね。

−−『神戸国際ギャング』はヒットしたそうですね。

田中 入ったんだよ。高倉健さん、文太以下全部並んで新宿の小屋で舞台挨拶したん だね。三階まで鈴なりになってるわけよ。で、袖へ降りてきたらね、俊藤さんに「ど うだ、監督、人が入るって気持いいもんやろ」って言われた覚えがある(笑)。お客 さんがたくさん入ってるの気持いいなあと思った。でもせっかく出向くからには自分 の映画作らなきゃいけないからね。深作さんが『仁義なき戦い』なんか、東映調のバ ーン、ドーン、ボーンって映画がいっぱいできてる時だよ。僕だったらね、やっぱり 違うもの作りたいなあと思ってさ、爆弾の穴掘っていただいてね、爆弾の穴から底へ 沈んでまた上がってくだけの感性の映画、アクション映画撮りたいと思ってあの映画 作ったんですよね。

−−その翌年にはもう『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』・・・。

田中 これはプロデューサーは俊藤さんじゃないですよ。これはね、東京の撮影所で す、大泉の。

−−そのころのいわゆるこういった東映のヤクザ映画の中ではやはりちょっと変わっ てまして、タッチが東映を感じさせない部分がかなりありますね。

田中 それもさっきの『天使のはらわた・名美』といっしょでね、ちょっとアングル をピュッと変えて見てもらえば、うんうんやってる頑張ってるってとこもあるはずな んだよ。夏八木がよく頑張ってるよね。あれ、京都の七条近くの製紙会社の廃屋のビ ルで、最後の銃撃戦撮ったんですよ。ガッツ石松さんがあの時デビューしたんですよ 。それと泉ピン子ちゃんがデビューしてるんですよ。

−−菅原文太の情婦役でしたか。

田中 ピン子ちゃんがあれでデビューしてるんですよ。考えてみると、あれも不思議 な映画だな。ゴッタ煮の映画だけど。いやあ、いろいろの人がいますよ。

−−安藤昇さんはどうでした。

田中 安藤昇さん、凄いねえ。あの目でこうやって睨まれると、女の子燃え上がっち ゃうね。一発で。だから俳優としての実力は凄いんじゃない。
 それと、彼はホテル・ニュージャパンの社長やってる横井英樹をかつて襲撃してる んだよね、手下たちがね。銀座のビルの。全部安藤さんの暴力団ていうか、インテリ 、インテリやくざ集団だったんだよね。安藤さんのところは全部大学出たやつみたい なやつが手下でいてね。それは彼のプライベートな生き方だから全然僕も関知しない し、役者としてしか見ないからね。あの人、だけどシナリオの読み方が猛烈早いね。 二百枚ぐらいのシナリオ、ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッて読んでくんだけど、気 になるところ、ピッと折るんだよね。字が猛烈達筆。「どうして安藤さん、こんなに 字が上手いの」って言ったら、「俺さ、ムショで封筒貼りのアルバイト、仕事してた からなあ、字が上手くなったんだよ」って言って。
 安藤昇さんのあのシャシン見た時に、バクチ場のシーンあるでしょ。あのバクチ場 の安藤さんの手つきを見てください。日本映画であれだけ決まってるシーンないよ。 ほんとにね、一つ一つ、映画はそういう剥きだしの楽しみですね。だから安藤さんに はやっぱり彼が生きてきた生き方みたいなものをね、ああいうジャンルの中で吐き出 してほしいっていうことの関わり合いですよね。

−−剥きだしの楽しみっていうか・・・。

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