3.ロッセリーニ『白い船』
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さてロッセリーニの長編初監督作品『白い船』の分析にうつろう。海軍省の依頼によって製作されたこの映画は、ファシスト政権によるプロパガンダ映画という側面を拭いきれない。ロッセリーニはファシスト政権下で長編映画を三本撮っている。『白い船』、『ギリシアからの帰還』(1942)、『十字架の男』(1943)である。この三本はロッセリーニの黒の三部作と名づけてもよいだろう。わたしは撮影したロッセリーニのイデオロギー性を、倫理的な観点から断罪するつもりは毛頭ない。ロッセリーニ自身、『無防備都市』以前について1974年にインタビューされたとき、「かつての自分の作品は完成後見返したりしないので、もう覚えていない 」(注13)とうそぶいており、この点を深く追求してもいたしかたがないだろう。ただ本論では、『白い船』が前述した映画批評におけるリアリズムの追求と関連をもっており、そこから戦後のネオレアリズモ期の映画群をも透かしてみることが可能であること。またこうしたリアリズム的な要素がファシズムという当時すべてのものに多い被さっていたイデオロギーのバイアスと複雑に絡み合っている様を記述分析することに徹するだけである。

映画の冒頭にあらわれる字幕にまず注意しよう。

「この船の物語では、Uomini sul fondoと同じく、すべての登場人物は、現実の生活、現実の場所からのものである。
そして、表現の自然なヴェリズモと、私たちそれぞれのイデオロギー的な世界をつくる感情の簡潔な人間性が一貫して流れている。
参加者・志願看護婦、士官、下士官、乗組員。すべては病院船「アルノ号」と私たちの戦艦の一艘で撮影された 」(図像1, 2, 3, 4を参照されたし)。

ヴェリズモとは19世紀に起こった文学運動であるが、ネオレアリズモとヴェリズモの関係は興味深いものがある(注14)。1948年にヴィスコンティは、ヴェリズモの代表的な作家であるヴェルガの小説『マラヴォリア家』の海の挿話を翻案し、『揺れる大地』を製作したことは両者の関係を象徴的にあらわしているといえるだろう。さらに字幕を読みすすめると、登場人物はこの映画の舞台となる戦艦の本物の海軍士官、下士官、兵士たちであること、また病院船アルノ号の志願看護婦および負傷兵であることがわかる。そして実際におこった戦闘をローケション撮影していること、職業俳優ではない素人が主要な登場人物であることがわかる。戦後ネオレアリズモ期の監督たちが標榜した手法と同じものによって『白い船』は作られたといえよう。『白い船』は40年代初頭にネオレアリズモにつながるリアリズムの萌芽が、映画批評だけでなく実践としてもおこなわれていたことの例証となるものだ。ロッセリーニは長編映画第一作であるこの映画を撮影する以前、海軍の軍人フランチェスコ・デ・ロベルティスが監督したUomini sul fondo(1941)に助監督として参加している。ピーター・ブルネットの分析によると、潜水艦の事故と乗組員の救出を描くこの映画は、『白い船』と同じく実際の乗組員を主要登場人物とし、ロケーション撮影がおこなわれている(注15)。『白い船』は1941年8月のヴァネチア映画週間(1932年に始まったヴェネチア映画祭は、1940年にイタリアの第二次世界大戦を参戦を期にヴェネチア映画週間と名を変える)に出品された。当時の批評家たちは、デ・ロベルティスのUomini sul fondo、ロッセリーニの『白い船』をプロパガンダ映画のレトリックをすりぬけ、新しい映像言語を発明したものとして評価している。 たとえばアドルフォ・フランチはヴェネチア映画週間で『白い船』について次のように書いている。「監督はそのような描写で本質を獲得するという非凡な才能をみせる。彼は素早く適切なリズムで描写を非常に美しい映画効果へともたらす」。またピエトロ・ビアンキは、同じく1941年10月に次のように評価している。「私は思う。今まさに生まれようとしている、プチブルの精神性の感傷的な喚起からかけ離れた傑作が恐れられている」(注16)。このように前述した30年代後半から40年代初頭に論じれられたリアリズムをいちはやく実践した映画が、ロッセリーニの『白い船』だと考えることができる。ただし後で分析することであるが、この映画があくまでもプロパガンダとして成立しえていることを考えると、わたしたちはリアリズムという形式、ファシズムそして戦争という映画外の状況、そして映画の内容の関係について考慮せずにはいられない。戦後のネオレアリズモへ至る道筋はみえ始めてはいるのだが、やはりなおファシズムの黒い霧が、『白い船』とネオレアリズモの間に立ちこめていることに気づかざるをえない。

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