CineMagaziNet! | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | [9] そして最後に、再び『列車の到着』へ | (9/9)

こうして明らかにされたことを踏まえて、改めて私たちは『列車の到着』について考えることにしよう。
『列車の到着』を見た観客たちが、恐怖のあまり逃げ出したという、あの『列車の到着』神話が意味するものは何だったのだろうか。確かに私たちが先に分析したとおり、この神話が当時普及していた背景には「鉄道恐怖症」があったことは間違いない。鉄道への恐怖心こそが、この映画の迫力ある列車への評判を煽りたてていたのだ。しかしこの神話は同時に、世界で初めて映画を見た人々の、映像を見ること自体への衝撃をも表していたと言えるだろう。つまり観客たちは列車の突進を、「風」や「波」の運動と同様、日常的な認識枠組み抜きに直接的に受け取ってしまった。だからそれが、スクリーンから溢れ出て来てしまうようにさえ感じ、逃げ出そうとした。言わば彼らは、「ある形而上学的意味における、列車それ自体の存在」を触覚的に感じ取ってしまったというわけだ。だから逆に日常的な認識枠組みを通してしかこの映画を見ようとしない私たち現代の観客は、この映画に何の恐怖心も感じない。カメラはプラットフォームに立っているから、線路上を走行する列車がカメラの左側をすり抜けていくことなど日常世界の常識ではないか。正面のカメラの方に向かってくるはずもない。だが映画創世記の観客たちは違った。彼らは私たちのように人間的・文化的視覚世界の枠組みに押し込めて「映像」を見るのではなく、まさにカメラ的視覚に同一化し、映像を「野性」の状態で感受してしまった( 中村(1)[1997]) 。だからこそ列車は彼らに向かって飛び出してきたのである。それはけっして「夢想」でも「錯覚」でもない。それこそ映画という触覚的現実そのものだったのだ。
むろん映画史の起源における、この映像との直接的遭遇は、様々なかたちで隠蔽され飼い馴らされなければならなかった。それは、そのままでは私たちの日常的な認識枠組みを破壊しかねない危険物なのだから。そもそも当時普及していた『列車の到着』神話自体が、カメラ的視覚のなまなましさの問題を被写体としての「鉄道」恐怖の問題にすりかえてしまっていたことを思い出さなければなるまい。そして「ヘイルズ・ツアーズ」もまた、こうした「野性」状態の列車映像を、乗客からの視覚という「認識枠組み」のなかに押し込めるための文化的試みだったのである。こうして20世紀社会の映画受容の歴史は、この起源における映像との直接的遭遇を、社会や権力の側がどのように隠蔽してきたかをたどる歴史とならなければなるまい。だが決して忘れてはならない。実はそうした飼い馴らされた映像の歴史のなかにあっても、観客たちはつねにどこかで映像の直接性とどこかで出会ってきたのだということを。そして実際、この「触覚的経験としての映像」という問題こそ、映画と社会との絡み合いの歴史に実に興味深い陰影を与えて行くのである。

CineMagaziNet! No. 2
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